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次の祝祭までには

4

朝一番に、彼女の携帯電話にかけた。受話器の向こうから、荒い息づかいが聞こえ、わたしは出しぬけに「どこに住んでいるの?」ときいた。
「どうして、奥さん知りたい?」いたく、つっけんどんだった。
「新年のプレゼントを持っていきたいの」力をこめて言った。
老女はためらいつつも、しぼりだすように言った。「キション通り300」
わたしは、ラマト・ガンのビアリク通りに出て、年老いた掃除婦のためにプレゼントを買い込んだ。ガラス製ポットいっぱいの高級チョコレートは、プラスティック製のりんごに詰まったものよりずっと見栄えがいい。それに、バラ模様の刺繍の縁取りのあるキッチンタオルのセットとひまわりの花束、クラシックな花瓶、女性用衛生パッケージ、靴下3足、〈平和〉と〈愛〉のキャプションつきのクッション2個。
こうした買い物袋をかかえて車に乗り込み、ナビを老女の住所にセットした。道中で、膨大な数の車両や車両部品でいっぱいのガレージや駐車場の前を通った。
そしてやっとのことで、巨大な工場の建物に着いた。わたしは車から降りて、空を見上げた。太い煙突からは、灰色の甘ったるい煙が立ちのぼっている。
建物の入り口に、肥満体で赤ら顔、スキンヘッドで吊りあがった眼の男がすわっていた。
「だれを探してる?」男は追い立てるように言った。
 そこではじめて、わたしはあの老女の名前を憶えていないことに気づいた。たしか〈スリランカ〉という音に似ていた気がするが、Kで終わるのではなく別の音だったように思え、それも本名ではなかった気もする。
「年老いた女性で、お掃除をしている」わたしは、消えそうな声で言った。
「まっすぐ、まっすぐ行って右の方だ」
わたしは、薄汚れたしっくいの暗い廊下を歩いた。遠くに非常灯がちらちらしている。頭の上に、どこからか水がたれてくる。やがて右側に、プラスティック製の取っ手のついた壊れかけた木のドアが眼に入った。ここだと思い、3回ノックしてみた。
あの老女が、まさかという顔でドアを開けた。
「新年おめでとう!」わたしは元気よく叫んで、手にあった買い物袋を老女に手渡した。
 彼女は、わたしの背後の左右を心配そうに確認して、その後やっとわたしを部屋の中に入れてくれた。

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